いつの間にか、雪が降っている。
霜がサクサク音を立てる荒れ地に、シンは空を見上げた。
そういえばあの日も雪が降っていたな、とぼんやりと思う。
さすが極寒の地、吐く息は白く今にも凍り付きそうだ。…もっとも、あの時は寒さなど感じている間もなかったが。
凍えそうな足で向かう先は、しんしん雪が降っては水面に消える湖畔。
シンの脳裏に、金色の柔らかな髪の少女の姿が蘇る。
「ステラ……」
呟きにもならないような声が、白い息と共に漏れた。
安らかに
彼女に誕生日がないと知ったのは、つい最近のこと。
それは成り行きで…なんでも元々はAAのクルーだったとかで…再び出会った(出会ってしまった)ネオことムウ・ラ・フラガによってもたらされた情報だった。
『彼女らが生まれた日は定かじゃない…』
強化人間にとって生まれた日…いわば創られた日など、知る必要がない。戦う為に創られた彼女達にとって、それは必要のない情報なのだと。
『そんな…っ』
自分よりステラに(悔しいが)近しかった彼にもわからないなんて。
そんな扱いを受けていたということにシンが衝動を押さえ切れずにいると、
『でも…そうだな、あの子らにとって自分を認めてもらえた日が一番幸せな日…なんじゃぁないの』
ステラを手渡したあの時とは全く違う印象を持たせる彼は、僅かに微笑んでそう言った。
『認めて、もらった…』
シンがオウム返しに呟くと、ネオはわかるだろ?とシンの頭にポン、と手を置く。
『お前と出会った日だよ』
もう17になるのにこの子供扱いはなんだと、シンは少しムスッとしたが、ステラもこんな風に頭を撫でられたのだろうかと思うと、なんだかどうしたらいいのかどうかわからない衝動に駆られた。
この世に生を受けた日よりも、俺と出会った日が彼女にとっては大事な日。
なら、彼女がこの世を発った日は、どうなのだろう。
雪が強くなって来た。
シンはふる、と身震いをして、いつの間にか力を込めすぎていた手をふっと緩めた。せっかく持ってきた花束を傷めてしまうところだった。
「…………」
この花は、自分の故郷の、あのオーブの花畑から摘んできたものだ。オーブはここと比べて格段に暖かい気候だが、それでも冬という季節は訪れる。それでも冷たい風に吹かれながら咲いていた花々に、シンも最初は驚いた。
『花は、強いんだよ』
いつの間にか隣に立っていた「あの人」が、静かに言った。
驚いた顔で彼を見つめると、彼はしゃがんで一本の花を手折った。
『人間のてにかかれば、すぐに焼き払われてしまうけれど』
ハイ、と彼はシンにその花を手渡す。
『もうすぐ、命日なんだよね』
僕が、彼女を殺めた日なんだよね…?
『…はい』
ギリ、と奥歯を噛みたい衝動を、必死に堪えた。この人がステラを殺した怒りはすでにない。だけど…その事実を目の当たりにすると、今でも泣きそうにならずにはいられなかった。
『その花は…僕の分』
だから、あの子にごめんねと。
そう言ってきてほしいと。
僕に、そう言う資格はないから。
そう言って、彼は…キラは困ったような悲しいような顔をして笑った。
「………」
いつの間にか、もう湖の前まで来ていた。
自分も、人のことは言えないのかもしれない。ステラを殺したあの人のことなど。
だって、自分も、ステラも殺してきた。
沢山の人を。
だけど。
「ステラ…久しぶり」
包んだ花束のリボンをほどき、湖の淵に花達をばらまいた。
君にも知ってもらいたい。
オーブに、世界に、沢山の命が散ったことを。
「戦争は、終わったよ…」
今度こそ、平和に向かって歩いている世界を。
「もう、決めたんだ」
シンはすがるように水面の底に呼び掛けた。
ステラに、届くように。
「もう、何度焼き払われても、吹き飛ばされても、俺は…、」
眼球をじわじわと湿らせたものを、シンは湖に落とさないように必死に堪える。
「それでも、…世界と、戦っていく」
けして押さえ付けるだけが力じゃない。
強さだけが力じゃない。
今はそう、信じているから。
だから…
ぽた
堪え、きれなかった。
「………………っ…ステ…ラぁ…」
まわりの空気より、降りしきる雪より、格段に熱い何かがぼろぼろと零れていった。
今はただただ願っている。
どうか、幸せに。
君が今いる世界がどうか、争いのない暖かい世界でありますように。
ひとしきり涙を零したあと、シンは中身のなくなった花束の殻を持って立ち上がった。あの日のようにじっとしていたから、いつの間にか体に雪が積もっている。
「…ステラ」
また、来るよ。
今度は、そうだな、もっと暖かい日に来るよ。
君と僕が出会った、幸せの日に。
シンは湖に背を向け、もと来た道を歩き出した。
「………」
いつの間にか、もう湖の前まで来ていた。
自分も、人のことは言えないのかもしれない。ステラを殺したあの人のことなど。
だって、自分も、ステラも殺してきた。
沢山の人を。
だけど。
「ステラ…久しぶり」
包んだ花束のリボンをほどき、湖の淵に花達をばらまいた。
君にも知ってもらいたい。
オーブに、世界に、沢山の命が散ったことを。
「戦争は、終わったよ…」
今度こそ、平和に向かって歩いている世界を。
「もう、決めたんだ」
シンはすがるように水面の底に呼び掛けた。
ステラに、届くように。
「もう、何度焼き払われても、吹き飛ばされても、俺は…、」
眼球をじわじわと湿らせたものを、シンは湖に落とさないように必死に堪える。
「それでも、…世界と、戦っていく」
けして押さえ付けるだけが力じゃない。
強さだけが力じゃない。
今はそう、信じているから。
だから…
ぽた
堪え、きれなかった。
「………………っ…ステ…ラぁ…」
まわりの空気より、降りしきる雪より、格段に熱い何かがぼろぼろと零れていった。
今はただただ願っている。
どうか、幸せに。
君が今いる世界がどうか、争いのない暖かい世界でありますように。
ひとしきり涙を零したあと、シンは中身のなくなった花束の殻を持って立ち上がった。あの日のようにじっとしていたから、いつの間にか体に雪が積もっている。
「…ステラ」
また、来るよ。
今度は、そうだな、もっと暖かい日に来るよ。
君と僕が出会った、幸せの日に。
シンは湖に背を向け、もと来た道を歩き出した。
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