触ってみた髪は思ったより柔らかく、握った手は思ったより小さい。
そんな風に単語にしてみればものすごく簡単のことなのに、ロックオン・ストラトスはそのことに少々驚いていた。
いつも結わえてる髪は解かれて、いつもより緩やかに、ふんわりとウェーブを描いている。
互いの手袋越しに握った手は自分のそれより熱く、彼女の体温と自分のそれが違うのがわかった。
『ハロ、ハロ、フェルト、ネテル、ネテル』
「しっ、静かにな…ハロ」
もう片方の手の人差し指で相棒をちょこんと小突き、ロックオンは暗くした部屋の中の彼女に視線を戻す。
夜中だというのに寝れないと言って訪ねてきたのは、紛れも無くこの少女で。
暫くハロと戯れていた彼女は彼の戸惑いをよそに、いつの間にか寝息をたててしまった。
(あの日、からだ)
彼女の両親の命日だというあの日から、自分に対する彼女の視線が変わった。
信頼という意志が宿った目。
よく自分のことを話すようになった。
話すといってもお互い多忙だからなかなかそういう機会は少なかったが、そういえば話す回数そのものも増えた気がする。
彼女は手元のハロと戯れながら、なんとか単語から文章になるような短いコトバでポツリポツリと話し、時折こちらを見る。
目が合うと微笑む。
落ち着いた、きれいなヒスイの色の瞳をしていることを、ロックオンはついこの間知った。
今も、スッと伸びて弧を描く睫の奥に、翠の宝石のような…
「………………ッ」
思わず目で追っていたことに気づき、慌てて目をそらしてしまった。
『ロックオン、ロックオン?』
「…………参ったなぁ、ハロ」
だって彼女はこんなにも儚くて、小さい。
『ロックオン、マイッタ、マイッタ』
耳をパタパタとさせて言った相棒に、その愛らしい動作が憎らしくなってくる。
その横で彼女は相変わらず安心したような寝息を立てているし。
(安心したような、か…)
信頼、してくれているのは、わかる。
彼女が自分の過去を話してくれたから、自分も自分について語った。
それが、自分なりの礼儀だと思ったからだ。
その時確かにロックオンも、彼女のことを信頼した。
それは、確かなことなのだけれど。
ロックオンは握った手をぼんやりと見つめる。
今、自分の中に渦巻いているこの気持ちは。
信頼、なのだろうか?
「………………………いやらしーな、俺も…」
信頼のその先に、何かを期待してしまっている自分がいる。
いけないことなのはわかってる。
たとえそんな感情を抱いたとしても、立場だとか年齢だとか、そんなものが弊害として壁を作であろうことも、とうに理解している。
理解しては、いるのだけれど。
「……………っ」
「!」
その手を離そうとした、瞬間。
彼女のその小さな、小さな手がきゅっと自分の手を握ったのだ。
する、とロックオンの手から愛おしそうに離れていく手。
すとんと音を立てて地に付いてもその手はなお、何かを探していた。
「………ん……」
少女の眉が微かに震える。
指が何かを求めるようにひくりと動く。
ロックオンはただ、目の前で起こったことを凝視していた。
慌てて手を伸ばすと、彼女はきゅっと強い力でそれを握った。
「!……………………………」
そのあまりに強い力に、すとんと力が抜けた。
ガク、とベッドの端に片手をつく。
『…ロックオン、ロックオン!』
「大、丈夫……」
わずかにしか聞こえないくらいに呟いて、顔を上げた。
彼女の指が、柔らかい手袋の肌触りを確かめるように手の中をすべって、安心したようにそこに収まる。
しばらくして、静寂の中に、緩やかな寝息が聞こえてきた。
しばらくして冷静になれば、もう夜明けが始まろうとする時刻。
彼女と手をつないだまま、彼は頭をベッドに預けている。
一睡もできなかった。
彼女の、ほんの一瞬の動作、それだけで。
「……………………」
彼女が求めていたものは、俺ではないかもしれない。
死んだ両親?
人の体温?
ぬくもり?
安堵という感覚?
安堵など許されないこの場所で、それでも俺達は何かを求めている。
でも、あるいは。
「ホントに参った…………」
……必要としてくれるだけで、それで良い。
もう一度彼女の髪を撫でながら、そう思った。
(ごめんな)
「お前みたいな奴は、どうしても失いたくないんだよ」
言い訳かもしれない。
でも、とりあえずロックオンはその手を離さないことに決めた。